墨耽キ譚
〜森薫『エマ』『シャーリー』を巡る対談〜


第7回
『小説 エマ1』について

(承前)
耽:まあ、でも。
墨:まあ、でも、ね。
耽:漫画本編はこれからに期待できますけどね、
墨:ね、
耽:何ですかこれは・・・この、この『小説 エマ』というのは。
墨:わたくし、ラノベというものはですね、雑破業先生というかですね、ライトとノベルの間に「エロ」が入った奴(注1)しか読んだことないんで、
耽:(笑)
墨:まあこういう業界のものをどう読んでいいのか、わたくしさっぱり分かりませんで。
耽:確かにわたくしは、やおいよりもライトノベルの方が読んでる冊数は多い人間なんですが。
墨:小学校5年の時にね、同じクラスの女の子がラノベを読んでたんですね、コバルトだか、いやティーンズハートだったかな。それをちょっと借りて読むとですね、当時わたくし北杜夫になぞ凝っておりましたが、余りのスカスカぶりに、投げ捨てた記憶がございまして。
耽:我々の友人が旅行に行ったときにコバルト文庫か何かで、下半分を隠してどこまで話が分かるかってやったら九割五分読めたっていう(笑)ねえ。
墨:ロゼッタストーンも真っ青って感じですが。
耽:(笑)そうですね。・・・で、まず表紙。
墨:何かちょっとエマに生気が乏しいような。
耽:表紙はね、実はエマがカラー絵でこれだけちっちゃいというのは私にとっては新鮮だったりするんですが。・・・表紙絵はまあいいでしょう。
墨:絵はいいんですよ。森先生直筆なんですから。
耽:でもさ、その直筆の折込なんだけど、まず一番左端の煙草屋の柱というか、梁のところに、CIGARETTES と S が入っていて、窓ガラスの方にはS が入っていない。まあこれくらいの描き間違いはまだ分からなくはないけど・・・。
墨:実際、別に看板とショーウィンドウが一緒である必要はない。
耽:うん、まして商品名だと思うから、何とも言えないけど。ただ左の店の、この PETER ROBINSON の、何ていうの、庇?
墨:布の庇ですね。
耽:だけ、R が入って。
墨:P-E-R-T-E-R になってますね。
耽:「ペルテル」になってますよもう。
墨:てるてる坊主みたいですね。
耽:これだけならまだしも、もっと酷いのが、一番肝心の真ん中の店の「グローサリー」が、ローマ字じゃないかこれ。
墨:そうですね、g-r-o-c-e-r-y ですよね。
耽:こりゃないだろう。しかも窓ガラスまで間違ってるし。何でこんなミスしちゃったんだろう? 編集も気づかなかったのかなあ。
墨:かなあ。・・・まあでも、イギリス人自身が間違えて店の看板に書いたんじゃないですか。そういうことって、ないこともないですよ。
耽:そりゃあまあそう言えなくもないけど、でもちょっと何だかなあ、っていう。
墨:例えば鉄ネタでいいますと、ジョージ・スティーヴンソンが最初に作った機関車の名前は、プロイセンのブリュッヘル将軍にちなんでるんですけど、スペル間違えてるっていう話がありますし。スペル間違えて「ブラッチャー」になってるというんですけど。彼元々文盲でしたから。(注2)
耽:(笑)
墨:だけどまあ、19世紀も末になりゃ、識字率向上してくるもんなあ。
耽:で、その裏は、ロミジュリをもじったんでしょ。
墨:ええ、こういうのいいんじゃないですか。
耽:はあ。
墨:まあ、エマがメイド服でなきゃどうでもいいや、という話も。そういう読者は結構いると思うんですけど。まあ、・・・森先生の絵ですし、絵の中の文字だけ見るというのはちょっと卑怯といえば卑怯なんで、まあ。
耽:でも何で、登場人物紹介だけラテン語なの?
墨:え、どこラテン語?
耽:Dramatis personae。
墨:ああ、ははあ。
耽:何がしたいんですか一体この出版社は・・・。ファミ通文庫だからかな。
  
耽:で、とりあえず、特に、前半一話二話の辺りが、とにかく読んでいてくだくだしいんだよねえ。
墨:まあ一々やっていくと、本一冊なので面倒くさいんですけど。ノベライズの話を読むと、ストーリー自体特に何か、原作から大きく離れているとか、アナザーストーリーとか、間を埋めるストーリーとかではないと。で、とりあえず、わたくし自身の感想としましては、原作を読んだときには、すんなりと読み取って、楽しんで読めたものが、同じ事を文章にしたはずなのに、なぜこうもお腹一杯感といいますか、朝っぱらからローストビーフを1ポンド食ったような胃もたれ感をしてしまうのか、という・・・
耽:だから、無駄にくどくどしいんですよ。さすがに最低限のテニヲハは破綻していないけれども、なんか無駄にとりあえず情報量を詰め込んだ文章を並べて、ストーリーを追っかけましたというだけ。つまり、義務的にただ書いたっていう感じがするんだよね。
墨:うん、そうですね。あの、話を一旦最後まで飛ばしちゃいますけど、あとがきみたいなところ、302ページの「『小説 エマ』を書くにあたって」、この人の書いたあとがきが、すごい切り口上っぽくて、ただ単にそれがですます調じゃなくて常体であるからそう感じられるだけではなくて。何かしかも、ページ数の半分以上が、ただ単に参考文献のリストで埋まっている、というのは何か、奇異な感じですよね。こんだけ情報詰め込んだから文句付けるなという感じで。
耽:だから、この人っていろんな、『ドラゴンクエスト』とか『MOTHER』とかのノベライズで売っている人なんだけど、その他に矢鱈と、こうやって書けば小説の新人賞が獲れるだとか、他の作家やワナビー作家をなんか馬鹿にしたようなタイトルの本がすごく多いんだよね。
墨:何、ワナビー作家って?
耽:want to be ですよ。(注3)
墨:ああ、「なりたい」ね。
耽:そうそうそう。そのくせこんな程度の文章垂れ流してる。だからこの人は、勝手な想像だけど、あくまでもお金のための仕事として文章を書いてるんじゃないかなという感じがするんだよね。それも本当に書き飛ばし系でちゃちゃっと。なぜかというと、ノベライズって旬がありますから、人気が落ちないうちにという。
墨:確かにゲームのノベライズというのは、忘れられる前にとっとと書かなきゃいけない。
耽:そうそうだから、ゲームが出るともうとっとと、本当に、ものすごい、まともに書いているとは信じられないようなスピードで一冊、それなりの出来の本を書いてしまう。
墨:そうですね。さっきアマゾンで検索したら185冊もあったのでびびりましたけど、そういうことなんでしょうね。
耽:だからね、本当にこの人は、作家というよりは、文字化する人、文字化ロボットですよ。
墨:なんだか速記者、というか速記を起こす人みたいですね。あ、分かった、筆耕者だ(笑)作家じゃなくて。
耽:(笑)そうそうそうそう、だから、ノベライゼーションと文字化は違うんですよ。この人は文字化するだけなんですよ。だから出来上がったものがノベルかどうかはどうでもいいんじゃないかなあ。で、しかもさ、原作にファンがついてるから、そんな程度でもちゃんと売れるでしょ。
墨:売れる。買っちゃいましたからね、ここで二人(笑)
耽:そうそう、で編集も一定の速さで一応のクオリティで書いてくれれば、本を出すことが大事だから、ケチもつけない。それをこの人は自分の実力と勘違いしてやってるんじゃないかなあ。
墨:編集の方は上手に商売してるということですかね。
耽:うん、このアニメ化のタイミングで出せたんだからね。割と上手いんじゃないですか。
  
耽:で、改めて本文を見てみると、妙になんか同じ語尾を続けたと思ったらいきなり短い文章にしたり、逆にものすごい長い文章が出てくる割に、主語と述語が揃ってなかったりもするし。
墨:いかにも語彙を知ってますよと言いたげな印象があって、それがちょっと浮いた感じもしますね。
耽:そのくせなぜか無駄にひらがなが多いし。なんかね、変に文章の流れが悪いのに、さらにそこに無駄に変な単語、難しい単語が急に入ってきて、それで読者を誤魔化そうとしているような印象で。
墨:詩の引用もその中に加えていいんでしょうかね。しばしば見られる原詩の引用とかも。あとページの両端に注釈がしばしばついてますけど、それも同じような、いわば読者を・・・
耽:そう、だまくらかす。自分はちゃんとした「小説」を書いているんだぞということを、
墨:ちゃんと調べているということをね。
耽:そう、アピールして。要は嘘つきほどよく喋るということですから。まあこの人はそれを多少は自覚してるんじゃないの。
墨:まあ、本来小説家というのは、いい意味の嘘つきなんだから、それはむしろ褒め言葉なんじゃない。
耽:いやそれは違いますよ。言い直そう、この人詐欺師なんですよ。
墨:おいおい(笑)ただ確かに、どんどん知識を、情報量を沢山詰め込んで、「小説」らしく装っているんですよね。
耽:だけどさあ、90ページ、いや、91ページの注なんだけど、これなんか変じゃない? クロテッドクリームを「牛乳を煮詰めたものを一晩おいてつくられる」ってさ、それじゃあ腐るだけじゃねえかよ。(笑)
(墨東公安委員会、おもむろに本を書棚から取り出す)
墨:ここに『ビートン夫人の家政読本 Mrs Beeton’s Book of Household Management』という本がありますが、このクロテッドクリームについての注釈はおそらく『エマ ヴィクトリアンガイド』をネタ本にしたんでしょうけど、さらにそのネタ本ですね、この本は。
耽:またそんなくそ重い本を・・・
墨:いや、ペーパーバックだから重くはないけど。(注4)
耽:くそ厚いだけで軽いんだ。
墨:この本を読み解きましたところ、えーと、・・・ここにありますね、そう、
 
In Devonshire, celebrated for its dairy system, the milk is always scalded. The milk-pans, which are of tin, and contain from 10 to 12 quarts, after standing 10 or 12 hours, are placed on a hot plate of iron, over a stove, until the cream has formed on the surface, which is indicated by the air-bubbles rising through the milk, and producing blisters on the surface-coating of cream. This indicates its approach to the boiling point: and the vessel is now removed to cool. Whe sufficiently, that is, quite cool, the cream is skimmed off with the slice: it is now the clouted cream for which Devonshire is so famous.(以下略)
 ということですから、静置してから沸かすんですね。(注5)
耽:そう、” after standing” を “are placed” ですからね。
墨:そうですね。『ヴィクトリアンガイド』にはちゃんと一日放置してから煮詰めると書いてあります(注6)。よく出来た本です。
耽:ところが小説版は完全に間違ってますね。こんだけ調べましたと薀蓄云々、あとがきで書いておきながら。まあ多少の間違いがあるのはいいんだけど、『ヴィクトリアンガイド』に書いてあるようなことを間違ってるというのは、納得がいかない。
墨:その辺が、原作とかに対する愛が無いということなんですかね。
耽:そう、ほんとに、心情描写も動作描写もくだくだしいだけなんだよなあ。
墨:やはり原作の、描かないことの良さを、全部埋めてしまうと重くなっちゃう、ということですかね。
耽:うん、しかも、一二話は出てくるのがエマとウィリアムというメインの登場人物中心で、あんまり作者の色を出した埋め方が出来ないためか、動作の描写とかがくだくだしくなってるだけで、すごく読んでて重いんだよね。で、三話以降、ハキムが出てくると、多少話は動き出すから、今までよりは多少読みやすくはなるんだけど、それはなぜかというと、キャラクター達が今度は久美沙織流に歪められて、まあ歪めるというと語弊があるけど、かなり原作とは違う動きをし出すんだよね。まず気づいたのが、ハキムがねえ、
墨:そのことは解説にもちょっと書いてありますけど。
耽:書いてるけど、でも何でこんなに・・・、例えばハキムのセリフで「親父は私にはベタ甘だもの」って、何だよこれ、153ページの4行目。中学生かよ、って感じになっててさ。原作だとそんなことは全然言ってないんだよね。
墨:原作においても、ヴィクトリア朝の考証に比べるとハキムがぶっ飛んでる感があったけど、だいぶ加速してますね。
耽:うん、だからやっぱねえ、久美沙織はただ単に王子様という点だけで、内蔵のハーレクイン回路が起動しちゃったんだろうけどさあ、
墨:王子様で? なるほど(笑)。ただ僕は、読んでないのにこういうこと言うのも偉そうなんですけど、先年亡くなられましたサイードの『オリエンタリズム』が頭の中をぐるぐると回りだすんですけどね。インドのネタで暴走って。別にヴィクトリア朝の小説を書いたからといって、ヴィクトリア人の偏見まで受け継がなくったっていいじゃん。
耽:まあでも「英國」、この偏見まみれの「英國」を通して見たインドですから、もう似ても似つかぬガンダーラになっているのは、想像に難くはないんですが、
墨:(笑)
耽:でもちょっとなあ。173ページだって、ハキムが「私はたいへんな金持ちなのですからね。見くびってはいけません」なんて言うかよ。別人もいい所だろうが。
墨:ちょっと喋りすぎだよね、ハキムがね。
耽:喋り過ぎだし、言ってることも・・・
墨:漫画だったら喋らせないでも描けたものを、小説で表現するのは難しいとは思うんですけど。でも行動を書くにしたって、例えば212ページの「ハキムはひとというより猫のような角度で脚を曲げると、靴先で耳を掻いた」なんてのは、これを絵で想像するとどうにも変すぎる、筆が滑ったとしか思えない。インド=ヨガなのか?
耽:明らかに色のつけ方が暴走してるなあ、って感じはするんだよね。・・・で、さらに、ケリーさんもさ、「おなかすかない」って仏頂面で言うシーンが250ページにあって、これも、あの厳格なケリーさんがいくら容態が良くないからといって、仏頂面で「おなかすかない」って、幼児化かボケたのかよ、勝手にボケさせるなよ・・・で一巻の方だとさ、
墨:もとの森薫『エマ』の一巻ね。
耽:単行本一巻だとね、そんなこと言ってないんだよ。そんな簡単に崩れませんよ。ちゃんと143ページで「あんまりお腹が空かないのよね」と言ってる。確かにエマ相手だからくだけた口調にはなってるけど。
墨:多分もとの英語から翻訳したときに間違えたんじゃないですか(笑)
耽:どこにもとの英語があるっちゅうか(笑)
  
耽:あと、一つ気になったのが、その後にミューディーズの紹介で、「精選文庫」として破廉恥な本が無いって書いてあるんだよね。
墨:『カーマスートラ』はどこにいったんでしょうね。
耽:でも原作だとさ、我々、裸のねえちゃんが描きたかったからミューディーズ描いたんだろうと言ったとおりさ(注7)、お色気写真、イラスト集か、を見てるんだよね。
墨:実際には「精選文庫」で、そういうのがないという方が、正しいような気がしますけどね。
耽:そこは森薫先生が、知らなかったか敢えて無視をしたかということか。
墨:まあ、その方が面白いからいいのでは(笑)
耽:確かにこの小説、原作のおかしい所とか、直してるところは直してるもんね。
墨:電話の話なんかそうですね、原作の一巻で、電話でアルおじさんを呼び出すというシーンがありますが、当時はそんなに電話は普及してないはずなんですけど、それがノベライズでメッセンジャーボーイになってるのは、一応直してるんですよね。
耽:あとどうでもいいけどさ、カタコンベは日本語読みだから英語読みだとカタコウムのはずなんだけど。日本人がローマ字読みするからカタコンベになるわけで。・・・あとなんか、エロネタも多いよね。260ページで、ハキムが義理の母親から誘惑されたとか。こんなん要らないだろ、何が書きたいんだよ。王族ってったら色を好まないと、みたいな話なのか? まあよく分かんないけどさ、ちょっと必要ない歪め方をしてるんだよね。
墨:エロもそうですが、あとゲロネタもいかがなものかと。
耽:そうそう、ウィリアムが象に乗って吐瀉するシーンは、確かに原作にもありました、が。
墨:が、犬がゲロる必要はねえだろうと。
耽:そうそうそう。小説版の第一話ではわざわざ犬のゲロシーンがあるんだよね。で、しかも、ウィリアムが象に乗って吐くシーンも割りとこう・・・
墨:原作ではさらっと流してるところですね。
耽:そう、原作の76ページでは口元を押さえてるだけで、吐いたかどうかも分からないのに、こっちの163ページでは、「ゲロゲロゲロ」とか、効果音までつけて。
墨:ねえ(笑)
耽:やあ、やっぱこの人は、吐瀉が好きなんですよ。確かね、私は前にこの人の本を一冊、読んで放り投げたことがあるんですよ。何だっけ、『魔法少年なんとかセンター』とかいう(注8)。そっちにも確か吐瀉シーンがありましたね。まあこれも、あの『ハリー・ポッター』ブームから遅れないようにとっとと出されただけの駄作でねえ。
墨:要するに『ハリー・ポッター』のパチもん?
耽:うん、私は普通のラノベだと思って、そのレーベルでいい本が前にあったから買ってみたんだけど、ただ単に主人公を日本人少年に変えただけで、ほとんどハリポタみたいな話で、あまりの酷さに放り投げたんですよ。何やってんだこのバカタレが、商売のためにとはいえ、と。だからやっぱさっきも言った通り、ブームに遅れずにテキストを書ける人間として、出版社に使われているというかね。・・・だからこの本が如何にカスかということは事前に予測が出来た筈なのに、それを思い出せなくて、あまつさえその上二人で買ってしまうなんて、なんて失敗をしてしまったんだろう。
墨:(笑)
耽:だって印税一割でしょ、まあ森薫にも少し行くから8%とすると、660円の8%で53円もこの作者に行くなんて、笑止千万ですよ。許すまじですよ。
墨:(笑)ままままま、というわけで、以後「墨耽キ譚」では小説版についての対談はなしということで、よろしゅうございますか。
耽:だって・・・買うの?
墨:うーん。僕自身正直なところ続きを読みたいとは思わないんで。
耽:これはブックオフにどれくらい出回るかで評価が分かるのかもしれないけど、とても新品で買うに値するとは・・・
墨:しかしボロクソ言ってますな我々。
耽:だって酷いもん。書きゃいいってもんじゃないんだよ・・・もうこの人の名前はもう、沙織の沙は吐瀉物の瀉でいいんですよ。久美瀉織ですよもう。
墨:(大笑)・・・これ、テープから起こすの?
耽:いいですよもう、それくらい言いますよ。私が酷い文章を読んで舌を抑えているなんて、そんなこと言ったら他のやおい作家に申し訳が立ちませんよ(注9)
墨:まあそうですね。
耽:ここは平等に。
墨:平等に斬りましょう。
  
墨:で、まあ、まとめに入りましょう。まだ、私もアニメを見てないんですが、森さんの『エマ』という作品世界を、違う作品で展開させるのは、やっぱりなかなか難しいということですね。
耽:うーん、特に小説の後半は、作者なりに間を埋めて色をつけてみました、という一つのパターンな訳ですけど、少なくともそれに対して私はものすごい違和感を持っているわけで。だから行間を埋めて読む人、『エマ』原作をそのように読んできた層からすると、この埋め方と自分とのずれを感じる、というのは想像に難くないし。逆に与えられたものを素直に享楽したきた層にとっても、小説によって一つの解釈が示されたことではじめてそれが自分の好みかどうかということの選択を迫られることには、結局はなると思うんだよね。だからやっぱり、違和感は覚えるんじゃないのかなあと、思うんだけどなあ。
墨:そうですか。私のまとめとしては、さっき少し喋りましたけど、最後の「『小説エマ』を書くにあたって」についてもう一度、まとめとして語りたいんですが。この小説は原作ものですが、久美沙織がノベライズ化するとすれば、小説と漫画は違うから、自分が元の森さんの漫画のどこが面白いと思って、どこに私は力点を置いてノベライズ化しました、ということをあとがきには書いて欲しい、書くのが普通じゃないかと思うんだけど。ゲームのノベライズとか、ノベライズの作者がゲームやって、こういうとこが面白かった、それでこう書いた、大体あとがきってそうですよね。ところがそうじゃない、あの、はっきり言って、三段落目がさ、まず編集部でしょ、それからシャーロキアンの人でしょ、それから翻訳家でしょ、協力者の名前を並べるだけ。それからあとは資料リストでしょ、ただ調べましたと。そんだけですよね。
耽:そう、二段落目の最後に、「森薫さんに匹敵するほどの理解の深みには、そうかんたんに到達できるわけがない」とあって、普通に書くと謙遜なんだけど、でもこれは謙遜じゃないんだよね、言い訳としか思えないんだよね。
墨:言い訳というか、別にもうどうでもいい、やる気が無いような感じなんですよね。
耽:どうでもいいやみたいな、そう、さっきの協力者に直してもらうところもさ、「致命的な間違いがないかどうかをチェックして欲しいとお願いし」ってことは、致命的じゃない間違いはスルーしたんだろうお前は、って。だからさっきも言ったけど、この人売文屋だからさ。
墨:売文屋であることが悪いってことじゃない。だけども、文を売るならもうちょっと、仕事を大切にして欲しい。まあとにかく・・・なんだかこのあとがきは、読んだ後寒気がするような感じだよね。
耽:お前らどうせこれでいいんだろ、みたいな。要はPL法による注意書きと一緒なんだよ。本の最後の奥付の前にさ「本作品中に一部、差別的と」云々とあるけど、それと全く同じ扱いだよね。
墨:同じような感じだよね、言いたかったことは。
耽:そうそう、これと似たように、とりあえず書いときゃいいんだろうみたいな。
墨:その後にいくら、村上リコさんがフォローしても、これはし切れないよな。
耽:し切れない、し切れない。・・・「丁寧な筆致」なのか? 細かく全部書いたから丁寧な筆致というわけでもないしね。ともかくこの売文家は、さっきから言ってるように、同業者とかを、読者まで含めて、見下しているというとちょっと語弊があるけれど・・・。なんか不親切なんだよね。だから仕事として書いてるんじゃないかなあと、思うよ。こんだけ詰まらないテキストを書けるというのも・・・
墨:仕事というか、何か情熱のようなものが感じられないんだよね。仕事というんなら別に森さんも仕事だけど、ノベライズには何か情熱というか、そのようなものが感じられないんだよね。
耽:とりあえず期日までに一定量、一定文字数のテキストを書いたからもういいんだろ、という。まあ、文を飯の種としてしか見ないという人、そういう人じゃないと百何冊も書けないんだろうけどさ。
墨:なんかの時に中谷彰宏のページを見たら、著書660冊と書いてあってずっこけましたけどね。
耽:(笑)口述筆記じゃねえのか?
墨:もちろんそうでしょう(笑)
耽:私は口述筆記というと、どうしても、宇能鴻一郎先生が口述筆記だったっていうのが、あの裏表紙の写真の牛乳瓶底眼鏡のオッサン、あれが浮かんでさ。宇能先生あの顔で、「あたし、濡れちゃうんです・・・じゅん」って言ってたっていう。もう私の中で口述筆記はそこで止まってるんです。
墨:(笑)もうこれも止まっちゃいましょう、この対談も。もう、いいです。
耽:まあ、小説2巻は買わなくて。ブックオフに出回ってたら買いましょう。
墨:うん、そう、サイトのネタに詰まったら対談をやりましょうかね。
耽:今度は焚き付けですよ焚き付け。焚書ですよ焚書。
墨:・・・そんな。
耽:まあ、京都議定書もありますから、控えておきましょうかね(笑)。
(以下第7巻の評論へ続く)

注1:今は亡きナ○レオン文庫とか・・・最近、葦原瑞穂(高坂麻依)の『ファーレンの秘宝』が復刊されててびっくりしました。

注2:C.C.ドーマン著(前田清志訳)『スティーブンソンと蒸気機関車』(玉川大学出版部1992)p.37
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4472058510/qid%3D1114683284/250-8699484-4041055

注3:2ちゃん用語なのでしょうか?

注4:墨東公安委員会の蔵書は、現在最も入手が容易なオクスフォード・ワールド・クラシック版のペーパーバックです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0192833456/qid=1114683124/sr=8-8/ref=sr_8_xs_ap_i8_xgl14/250-8699484-4041055
原書そのままの復刻版もあります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/187096215X/qid=1114683124/sr=8-9/ref=sr_8_xs_ap_i9_xgl14/250-8699484-4041055

注5:ペーパーバック版でp.455、原書およびその復刻版ではpp.1007-1008。この箇所の拙訳(文字色変更部分は訳者による)は、
酪農で有名なデヴォンシャー州(注:英国南西部、コーンウォール半島の根にあたる州)では、牛乳は必ず沸かします。錫で作った、10〜12クォート入る牛乳沸かしに、10時間から12時間置いておいた牛乳を、ストーブの上の熱い鉄板に載せます。あぶくが牛乳の中から騰がってきて、表面を覆ったクリームの膜にまめみたいな膨らみを作り、クリームが表面に形成されるまで載せておきます。そのようになったら、牛乳が沸騰点に達した印なので、容器を火から下ろして冷まします。充分に冷めましたら、へらでクリームを掬い取ります。これがデヴォンシャーの有名な clouted cream です。
 なお、『ビートン夫人の家政読本』については、女性使用人に関する項目を翻訳した同人誌をMaIDERiAにて発行しておりますので、ご興味のある方は是非当サークルにお立ち寄りください(←宣伝・笑)。

注6:同書p.81。

注7:「墨耽キ譚」第1回参照。

注8:正確には、『ここは魔法少年育成センター』(エニックス2002)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757506635/qid=1114683391/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-8699484-4041055
カスタマーレビューの、「なんてこった、世界のベストセラーだ」という表題が、たんび氏の評価を裏付けているようですね。

注9:たんび氏のサイト「Ethos」における書評を参照。2004年12月21日付のものなどが白眉でしょうか。


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