読書妄想録
〜墨東公安委員会の電波ゆんゆんパラダイス〜


第1回
アニメ放映記念
『エマ』の車窓から〜『英国鉄道物語』他英国鉄道史関連書籍の巻

○メイドさんの世紀と鉄道の時代〜堤家にメイドはいたか

 19世紀英国は、前世紀に始まった産業革命の進展に伴い社会が大きな変化を遂げていった時代ですが、その象徴的存在の一つが鉄道です。1830年開業の、初の公共鉄道であるリヴァプール&マンチェスター鉄道は50キロにも満たないものでしたが、世紀末には約3万キロにまでイギリスの鉄道は延びていました(本土だけで)。なにより、鉄道は農村に分け入っていくことで産業革命の威力をあらゆる地方に宣伝する役割を果たし、人と物の流れを活発化することで、いわばグローバリゼーションを推し進める存在でもあったのです。

 だからメイドさんと鉄道は同じ時代を舞台に活躍していて、ふかあい関係があるのだ! という主張に説得力があるかは別にして、メイドさん系サイトを巡っていると鉄道趣味系コンテンツを併設している方はしばしば見受けられますし、逆もまた然りです。(注1)

 さて、現在のオタク系メイドものの原点といえば、今から十年近く前のエロゲー『殻の中の小鳥』(1996)およびその続編『雛鳥の囀』(1997)であるというのが通説のようですが、これらの作品では、メイドさんを雇って調教するのが鉄道王という設定になっています。鉄道王ドレッド・バートンの支配するバートン鉄道と、それを乗っ取らんとするウェラクスタ財閥のウェラクスタ鉄道。鉄道とメイドの関係が一応ありますね。筆者は鉄道経営シミュレーションは大好きですが、あいにくエロゲーはやらないので(本当だってば)これらゲームのプレイ経験はないのですが、以前別な箇所で書いたように、ノベライズを読んだことはあります。そのとき感想として、『殻の中の小鳥』ノベライズはまあともかく、『雛鳥の囀』は「記述がうざったい」と書いておきました。(注2)なぜ「うざったい」のか補綴しておくと、中途半端に時代背景のようなものを盛り込み、それにリアリティがないから、です。『殻の中〜』にもそういうことは結構ありはしましたが、そちらでは目をつぶって流し読みできたのに、『雛鳥〜』ではもはや無視できないほど作品中にのさばっていたのです。

 一つ、時節柄分かりやすい例を挙げます。堤義明氏が株主名簿の虚偽記載で逮捕されました。西武鉄道の株式の大部分を、堤氏がコクドを介して握っていたのに、それを隠して上場を続けていたためですが、それでも社名はあくまで「西武鉄道」であって、「堤鉄道」ではありません。鉄道会社の名前を知っているだけ思い出してみてください。東京急行は東京急行であって、決して五島電鉄ではありませんし、東武鉄道も根津鉄道ではありません。

 つまり、社長がバートン氏だからといって、「バートン鉄道」ということはないし、ウェラクスタ家が経営しているからといって「ウェラクスタ鉄道」になることもありません。鉄道会社の社名は地名です(オーストリア帝国には「エリザベト皇后鉄道」なんてのもありましたが、英米では聞いたことがありません)。これは鉄道が公共性が高くかつ膨大な資本を要する事業であるため、半ば必然的に多数の株主の資本を集めて設立される、ということが一つの理由でしょう(ちなみに、堤家が西武の株を集められたのは、戦前に西武鉄道の前身の会社が経営破綻し、堤康次郎が再建したからです)。リヴァプール&マンチェスター鉄道には当初、株主一人につき10株以上持ってはいけないという制限があったそうです。もっともこの社名間違い、他の漫画とかでもままあることですが。

 それにしても、ひところ「世界一の富豪」と言われたからには、堤家にはメイドはいたんでしょうかねえ?

注1:MaIDERiAテキストコレクションの拙稿「西の方で見た巫女とかメイドとかその他思い出すこと」内の名鉄電車チョロQを巡る挿話をご参照いただきたい。この美濃町線も、去る3月限りで廃線になった。個人的には、この両者の趣味を兼業している人間が多いのは、決して歴史的背景を同じくしているからではなく、別な理由によるとは思うが、それはまた別の機会に。

注2:同じく「殻の中の夜鷹、あるいは家政婦残酷物語」の冒頭部分をご参照いただければ幸いである。

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