藍那さんと熱く語ろう!


その2
極私的『ぼくのメイドさん』論

(MaIDERiA発行の同人誌「杉山家の謎 完全版」に掲載した対談をweb用に編集し直したものです)

<Introduction〜個人的漫画経験>

藍那というわけで、今回のお題の『ぼくのメイドさん』ですが。
墨公委渡辺さんが本をつくるまで嵌まるとは、ある意味意外という感を抱きましたね。
藍那墨公委さんとしてはいかがお考えで?
墨公委渡辺さんに借りて初読した時、最後のあとがきで『大古』という作者の姓で、『ああ、矢上祐のアシスタントだ!』と気が付いて、意外な巡り合わせに感動しましたねえ。まあ、『花右京メイド隊』の表紙に『もりしげ』の四文字を見つけた時の衝撃に比べれば、大したこっちゃないですが。恥ずかしながら矢上祐の『エルフを狩るモノたち』は何冊か持っておりまして……。
藍那ファンタジーは嫌いじゃなかったんですか?
墨公委そりゃそうなんですがね、注目するべきポイントはそこではなくて……小生の書棚には順番に『逮捕しちゃうぞ』『GUN SMITH CATS』『エルフを狩るモノたち』『ベル・スタア強盗団』とマンガが並んでて、……趣味丸分かりだな。それはともかく、確かに『ぼくメ』は矢上祐チックなところがあるような気がしますね。ツッコミや考証を許さぬ徹底的に御都合主義な世界観とか。あ、別にけなしてるつもりじゃなくて、何事も徹底すればいいのです。あと画面が割と白っぽい ところとか。
藍那おもいっきり文句つけてるみたいですが。
墨公委いやその、『ぼくのメイドさん』読む前に最後に読んでたマンガが『ディスコミュニケーション』 だったから……。
藍那『ディスコミ』と比べれば、そりゃどんなマンガでも白っぽいでしょうよ!

<巫女略考>

墨公委では『ぼくのメイドさん』の本文の内容に付いてちまちま考えてみましょうか。最初は“昭和初期女中史研究の視点から見る『ぼくのメイドさん』論” くらいの内容を考えていたんですが……。
藍那時間がなかった、と。
墨公委それもありますが、土台、無意味だということで。大古氏、あやのさんが昭和初期の人間だという設定を真面目に考証する気が皆無といっていいですからね。
藍那それを言ったらこの原稿自体が……。
墨公委まあ、多少は考えてみますか。あやのさんは愛する人を追って異国に行く費用調達のためメイドとして働いて体を壊したという設定になっているようですね。で、当時海外旅行費がどれくらいかかるか、一例を挙げてみましょうか。1928(昭和3)年にかの市川房枝がアメリカ旅行を4ヵ月余に亙って行った時の費用が、一切合切で3006円44銭かかったそうです。アメリカ本土での2ヵ月と十日の滞在費が1506円(493ドル)だそうで、一日あたり20円ちょっとという計算になりますな。これを現代の物価に直すと、大体6〜10万円程度になります。つまり総合計約1000〜1500万円。これでも市川房枝は船や鉄道は二等や三等を使って割に安く上げた方らしい。女中稼業で溜めるのはかなり厳しい額といえます。
藍那あの、もっと安い近所じゃないでしょうか。昭和初期ですから、満州とか。
墨公委ふむ。ちと時代は下るが、太平洋戦争突入直前のころ、JTBのツアー で満洲朝鮮を二週間旅行すると、三等利用で124円97銭だったそうな。これは大体、あやのさんが一年で稼げる額に匹敵するでしょうね。これならまあ頑張ればなんとか……かも。
藍那それを思うと、今はほんとお手軽になりましたね。……って本題とろくに関係ないじゃないですか。
墨公委いつものことだ。で、『ぼくメ』に話を戻すとだ、まず第1話でメイドさんが登場し、第2話でセーラー服 の妹が出て来て、第3回に巫女 が登場するという展開になっていますね。まことにこう、服装系属性の王道を押さえた展開になっているといえますね。
藍那ついでに表紙をめくると神戸屋だの馬車道だのになってたりして。
墨公委そうそう、本文では出てこなかったファミレス系もそうやってフォローしてますね。しかしまあ、妹はセーラー服着てるのは第2話だけですので、大古氏はセーラー服への情熱は薄い、ということが結論づけられるかと思います。そのかわり、巫女の方はいつも巫女装束。
藍那だって巫女服着てないと巫女さんに見えないじゃないですか。
墨公委そう、そこがポイントであろうかと。なにせあの巫女名前がない(笑)。まさにこう、『巫女』という記号そのものな存在 なんですね。妹の方は『妹』という記号だから、服は何着てようと、裸だろうと妹は妹となるわけです。でも2話以降妹に関して妹であることをネタにしてませんね(分かり難い日本語だ)。やっぱメイドさんに対抗するのは巫女、と大古氏も考えてるんでしょうか。
藍那コスカでも企画で神社作ったりしてましたね。
墨公委しかあし。小生思うに、メイドさんと巫女は大きな隔絶が存在するっ!
藍那英国と日本とか。
墨公委それは瑣末な問題。なんとなればメイドさんはルンペン・プロレタリアートであり、一方巫女なるものは天皇制ファシズムを支える国家神道の手先である神社のそのまた手先っ! 国粋! 反動! 反革命! 権力の犬!
藍那だからってメイドさんが革命的なわけじゃないでしょうに……。
墨公委……一応冗談です。半分はね。余談ですが、巫女装束というのは、今でも神社がある以上、需要があるわけで、作っているところがあります。そこに注文すれば関連グッズともども本物が買えるわけで、本格志向なコスプレにはいいんじゃないかと。
藍那どこにそんな案内あるんですか?
墨公委『神社新報』って、神社本庁の関係で出してる業界新聞があります。そこにばりばりに広告が載ってます。時々巫女関連の話題も載ってるので、本格派巫女マニアなら読んでて損はないかも。ただ、『美しい日本語の伝統を守る』と称して表記が旧仮名遣いだったりしますが……現代仮名遣いを戦後の混乱期に半ば進駐軍に押し付けられたと思い込んでるらしい。
藍那時期的にはそうじゃないですか?
墨公委戦前から変えようという動きはある。昭和初期に鉄道省が駅の看板の地名表記を、現代仮名遣い風の音に即したものに変えたら、内閣が変わって後任の鉄道大臣が国粋主義者で即刻戻させたという話がある。ローマ字表記にならず漢字が残ったんだから、結構伝統に妥協した表記だと思うが。
藍那はあ。で、『神社新報』はどういうことが書いてるんですか? 神社の新規開業情報……なんてことはそもそもあるのかしら?
墨公委内容は、えーと、思いっきり偏見に満ち満ちた要約をすれば、右翼です(苦笑)。日本は神の国とゆう熱い思いがもうひしひしと。新しい歴史教科書マンセー なんですよ。夫婦別姓断固粉砕 なんですよ。奉仕活動の義務化とか喜んでるし。日本会議とは一心同体だしなあ。結局自民党のどうしようもない保守の票田ですかね。
藍那とかなんとか言っときながら、『月天』に通うこと数度……。
墨公委ちなみに愛知県は、日の丸君が代法制化以前から、高い掲揚率&斉唱率を誇っておりました。そういうところだからこそ『月天』が生まれたんですよ。
藍那なんか危険な領域に話が……。

<カレー雑彙>

墨公委で、個人的には『ぼくのメイドさん』の中で山であろう(笑)カレーを巡る話ですが。カレーはさすがに昭和初期では高級ってことはないです。確か当時デパートの大食堂のライスカレーが10銭だった筈。今にすれば500円てとこですか。同じようなものですね。
藍那あのう、そもそもなんでカレーの話が山場なんでしょう?
墨公委この回だけ新キャラの登場がなく、今まで登場の主要キャラクター総動員になっているので、もし雑誌が潰れずに続けば、以後のパターンの基本になったと思われるから。ううむ、真面目すぎるな。早い話が大古氏の師匠は矢上祐なわけで、矢上祐といえばカレーネタなのだ。
藍那ものすごい偏見ですね。師匠がそうだからって決め付けるなんて。そんなこと言ったら『逮捕しちゃうぞ』の藤島康介の師匠は……。
墨公委藤島先生の師匠の師匠 は大嫌いだ。師匠も好かん。それはともかく、昭和初期のカレーの普及について言えば、もうすっかり庶民に親しまれているわけで、鰈と間違えることはなかろうと。もっとも現在のとは味付けが結構違ってた可能性はありますが。大正初め頃、伊豆は湯ヶ島の田舎で幼年期を送った井上靖が『幼き日のこと』という随筆の中でカレーの話を書いてまして、井上靖は両親と離れて義理の祖母の許に預けられていたんですが、その祖母が村でただ一人カレーを作って食べさせてくれるのを自慢に、というか誇りに思っていたいうようなことを書いています。でも、その祖母のカレーと同じ味のカレーは、ついぞ食べたことがないとか。
藍那……それこそ鰈ライスだったんじゃないですか?
墨公委人参や大根が入っていたことを朧げに記憶しているとか書いてあったな。
藍那ニンジンはともかく、大根をカレーに入れたらどんな味がするのかしら?
墨公委暇な人は実験してください。さて、『ぼくメ』7話では、まずあやのさんがカレーを作ったら辛すぎて全員悶絶するのですが、これはまあカレー粉を入れすぎたと考えられます。で、ですね、昭和初期のカレーにまつわる馬鹿話があるのでちょいと引用してみますか。もしかするとこれが第7話の元ネタかも知れぬ(そんなことはないか)。

私の少年時代(注:作者は1927年生まれ)の記憶を語ってみよう。(中略)叔父が婆やに言った。
「今夜はカレーをこしらえてくれ。おまえの作る奴は、ぼくには甘すぎて困る。ぼくの持ってきたこの缶詰のカレー粉を、いやというほどドッサリ入れて欲しい」
婆やは命じられるまま、カレー粉を常の量の三倍ほども入れた。その缶詰はイギリス製であり、当の米国(注:叔父の名。ヨネクニと読む)叔父すら、そのカレー粉が常軌を逸してどえらく辛いものとは知らなかった。さてカレーが出来、夕食が始まると、誰も彼もがその痛烈な辛さに一口で食べるのを中止し、あとは御飯に香の物ですまさざるを得なかった。ただ一人、強情にも米国叔父はそのカレーを食べた。彼はカレー汁の中にはいっている肉やジャガ芋や人参などを箸でつまみ、それをコップの水でジャブジャブと洗い、すまして口に入れ咀嚼したものである。これもかなりの阿呆といえる。

(出典:北杜夫『マンボウ人間博物館』文春文庫)

藍那あはは、おもしろい話ですけど、墨公委さん的には『婆や』てのは減点対象でしょうかね。雰囲気的に。
墨公委昭和初期だと平均寿命が短いもんで、婆やといっても今日より適用範囲が広いですがね。
藍那あ、シスプリのじいや のようなケースも……
墨公委……ないと思う。で、『メイド』『カレー』といえば横濱カレーミュージアム!
藍那結局強引にご当地ネタですか。
墨公委カレーの歴史ということで一応関連が。で、メイド趣味者としてはカレーミュージアムではやはり『エチオピア』なんですが。
藍那『スパイスの秘境』の方がメイド服としては有名 なようですが。
墨公委そうですね。色が黒だし、下のドロワーズが見える し……あやや、そんなことは置いといて、つまり色の点では黒の方がそれっぽいけれど、全体のボリューム感が『エチオピア』の制服の方がいい感じだと思うんですよ。そして、『スパイスの秘境』のカレーは甘い。『エチオピア』の方が辛いし、辛さの調節も出来る。もっとも制服趣味の方は甘党が多いようだが……。
藍那やっぱアンミラのパイにたえられる人間 が多いからじゃないでしょうか。他のお店もパン屋さんとかケーキ屋さんが多いでしょ。
墨公委そんなもんかねえ。『エチオピア』では辛さ最大の70倍を食べたが、滅茶苦茶辛いということはなかったですね。何で70倍と中途半端なんだろ。100倍というのも注文したら作ってくれるのかな。
藍那そんなのは個人の好みで……って、制服も好みといっちゃえばそれまでですけど。
墨公委で、『エチオピア』をプッシュするにはもひとつ理由があって。あの店が個人的に好きなのは、いつ行っても空いててすぐ入れるということにある。小生行列に並ぶ趣味がないので、これはとても嬉しいのであるが、しかし些か経営的には気になるわけで。店を入れ替えても制服は変えるわけじゃないみたいですが。というわけで、皆様、カレーミュージアムに行く時は『エチオピア』をオススメしておきます。一応テーマは大正だか昭和だかの浪漫らしいし。

<あらずもがなのしめくくり>

藍那で、例によって例の如く、評論の対象を全くどっかに置き忘れてますが、最後くらいちゃんと締めくくってくださいよ。
墨公委では、真面目に疑問を一つ。
なんで第6話だけ、メイド服のリボンのデザインが違うんでしょうか?
ということが気になって……。

藍那あ、ほんとだ。何やかんやいって細かいところまでよくチェックしてますね。
墨公委主義……じゃなくて、趣味ですから。

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